【DINKS】子供を持たない選択をした夫婦のエピソードー存在しない私の子供のために

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今回の記事は、いわゆる「DINKS(Double Income No Kids)」(子供を持たない共働き夫婦)のエピソードです。

30代後半の女性が、過去の体験が背景となり、子供を持たない選択をし、旦那さんもそれを尊重します。

一口にDINKSと言っても、子供を持たないと決めた夫婦と、欲しいけど授からなかった夫婦と、様々と思いますが、二人で生きていくことを決めたということを語られる部分は、じんとくるものがあります。

小さい頃、「お母さん」にはなりたくなかった

「将来の夢」を保育士さんたち聞かれ「お母さん」と答えた子に対して「信じられない」と思った日のことを、今でもよく覚えています。

小さい頃から、私は「お母さん」を怖いと思っていました。

私がなにか話しかけるとヒステリックに怒鳴り、いつも私を怖い目で見つめる。

そんな母に憧れたことはありませんでした。

弟が生まれてからは更に母との距離は開き、弟と私への接し方の違いは、大人から見ても異常だったようで、母の妹たちが咎めたことが何度もあったそうです。

それを怒鳴りながら聞かされ、私はまた母が怖くなりました。

父は父で、私を産んですぐの母に「自分の子どもはかわいくないな」と、言ったのだと母から聞きました。

これは大学生になってから母から聞かされたことで、父ともずっと会話がないままの関係でしたが、それでも初めて聞いたときは「私には生まれてきた意味も価値も、ここまで生きて来た意味もまるでなかったのだな」と死にたくなりました。

両親の希望の教師でなく、障害児支援の仕事に

父が決めた高校、大学と進んだ際に、父と同じ教師に、と両親は言いました。

ですが、私は大人に傷つけられた子供の味方になる仕事に就きたいと考えていました。

そうして両親と一番遠い種類の大人になりたくて必死になった結果、社会から外れて何年か休むことにもなりましたが、大学時代に出会った彼のおかげでどうにか持ち直し、念願の仕事に就くまでに回復しました。

そこで、私は単に子どもの力になりたいと思うだけでなく、この子たちのことが好きだから力になりたい、という気持ちが自然とわいてくることに気づきました。

無類の子供好きではないにしても、職場を利用する子たちのことは幼い子から十八歳の大人に近いような子たちまで全員かわいく、接する度に心の真っ暗だった部分に光が差すような気さえしました。

そこは重度の障害のある子も利用していましたが、障害の有無も関係なく子どもと話したり、笑い合ったり、手を繋いで一緒に走り回る度に満たされて、大変なこともありましたが幸せでした。

「なぜ結婚しないの?」「なぜ子供を作らないの?」

そんな就職先で、子供たちにも受け入れてもらえ、一番人気の職員だと言われるまでになりましたが、一方で周囲は不思議に思っていたようです。

長い付き合いの彼氏がいるのに「なぜ結婚せず、子どもを作らないの?」「あなたなら絶対に良いお母さんになるのに」と何度も言われました。

私の考えや事情を話したこともありますが、理解されず怪訝な顔をされたり、子どもを持たないのは「幼稚でわがままだ」と怒られたこともあります。

理解してくれたのは、年が近い二人の職員だけでした。

平均年齢が高い職場ではありましたが、学生時代の友達もほぼ全員が既に子どもをもっていることを考えると、年代関係なく私の選択は受け入れられにくいものなのだと思います。

子どもを産んだ友だちとも疎遠になり、段々と、未婚か子どもがいない友だちとしか付き合いも続かなくなりました。

昔は同じ漫画や小説を好きになって、どんな話題でも楽しく話ができたのに、どうしてその過去が遠く、存在しなかったことのようになってしまうのだろうと、時々怒りに似た悲しみに襲われます。

ですが、子どもを持たないというのは、持つ側にとって、そのくらい信じられないことなのだと思います。

私は子どもをもつ彼女らを一度も否定したことはありませんが、彼女たちからは一方的に否定され、黙っていましたが、悲しい思いは何度か経験しました。

出産経験のある友だちでも、事故や病気で子どもをなくした友だちは、私の気持ちもわかると理解してくれました。「子どもを作れ」という言葉は、誰にとっても暴力だと。

私の気持ち・意思を尊重してくれた彼と入籍

私は結婚すら恐しく、子どもを望まない自分には、結婚する資格などないと思っていました。

入籍した今も、ただただ自分に対してそう思うことがありますが、ずっと付き合ってきた彼も子どもを望んでいないと知ってからは少し楽になりました。

彼は私を尊重し、結婚の話も、子供の話もあまりしませんでした。

本当にきちんと話し合ったのは、籍を入れる前、付き合って十年以上経った頃でした。

そこで初めて、彼が、高校時代に事故に遭い、医師から「子どもを作れない身体になるかも」と言われたことがあると聞かされました。

医師は可能性の話をしただけではないかと私は感じましたが、彼は思ったより深刻に受け止めていて、検査を受けることも、妊娠について考えることすら一切したくないと話しました。

「不妊の可能性があると少しでも決定的になることが怖いから、検査もできない。グレーのままでいい。男としての自信が持てなくなるから」と。

私の過去も、頑なで面倒な考えもすべて受け入れて「いいよ」と笑ってくれる彼の思いを尊重したいと思いました。

「存在しない私の子」のために

私は本心から、子供が欲しいと思ったら、遠慮なく自分から離れてくれていい、と彼に話していました。

彼は頭が良く仕事もでき優しい人なので、この人の遺伝子は絶対に後世に残すべきものだと思っていたのです。

彼の話を聞いて、それが永遠に叶わないと知ったとき、おかしな話ですが自分でも驚くほど絶望的な気持ちになりました。

口には出さずとも、彼の子を望んでいる彼のご家族にも申し訳なく思いました。

それは、彼の兄弟が既に何人も子供がいても同じで、ただ彼の子どもを望んでいるのだというのは、私でもわかります。

本当は、私も彼の子供に会ってみたいと思うことがあります。

産むのではなく、会ってみたいと。

それを理由に出産する方だっているのだと思います。

けれど、私は母親になる自分を、自分に許すことができないのです。

両親の遺伝子を残すことも、絶対に許されないと思っています。

必死に逆らってきたにも関わらず、顔や感情的になったときの怒り方が母親そっくりで、本当に嫌で、でもこれは私が生きている限り、逃れられない呪いのようなものだと思っています。

それはきっと、私の子供にも、私がどう頑張ってこの呪いを解こうと接しても、顔を出すものだと思っています。

生まれても、存在してもいないのですが、私はその子に、こんな辛い葛藤も思いもしてほしくないと思っています。

変な話ですが、私はその「存在しない私の子」のことを真剣に思っています。

私の選択は、私でも私たちでもなく、その子のためなのだと。

夫婦二人で生きていく

私たちは夫婦でありつつ親友や兄弟のようでもあり、新しい趣味も一緒に楽しみ、別々に何かをすることも否定しません。

良い関係でずっと続いています。

将来の夢を「おかあさん」と話した子は、十九歳で一人目子どもを産み、彼女は夢を叶えました。戦隊ヒーローの名前を書いた私の夢は、今後も叶うことはないでしょう。

ですが、今は別の夢があります。色々ありますが、彼とすごす毎日は平穏で楽しく「あのとき死ななくてよかった」と思う繰り返しの日々です。

私たちは幼稚で弱く、臆病でずるいところがあるのだと思います。

けれど、私たちなりに守りたいものがあって一生懸命に生きていて、これからもふたりでともに、生きることを続けていけたらと思っています。


今回のDINKS体験談は以上になります。

今後も、DINKS・子供を持たない夫婦に関する記事や体験談を提供していきますので、
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